性(聖)行為と娯楽

出産して、色々と思ったことや感じたことは山ほどありましたが、
一番感じたことは、生命の誕生と、
AV(アダルトビデオ)の世界観は一緒にしてはいけない…ということです。
 
この件に関しては、10年前と比べると、
声を上げる女性が最近増えてきたように思います。
 
 
思えば、中、高生の頃、
男子と女子の間に大きな溝ができていくのを肌で感じでいました。
 
女子は、ドラマや映画、漫画や小説で、どんどん男子や、恋愛に対する憧れや幻想を抱き始めます。…そして、勝手にキュンキュンしているのですが、、、
…かたや、男子はAVの世界の中に、女を発見し出します。
 
私は好奇心が旺盛だったので、AVもいくつか観たことがありますが、、、、
あれは完全に男性側のエンターテイメントです笑)どのジャンルも、すごい女性像が盛り込まれています。
 
どちらも、リアルな世界ではなく、お互い都合のいいワールドに入っていき、
これが男だ、女だ、恋だ!愛なんだー!って、多感な思春期の時期は思い込んでいくのですが、恋愛漫画や小説と、AVの世界観は全然違うため、
双方とも…現場で、現実にぶつかり、
幻想が砕けちるような思いをしたかたってたくさんいるんだと思います(._.)
 

 
 
この手の話は、いろいろと調べると、
日本人骨抜き大作戦など陰謀論的な話にもなっていくみたいなのですが…、

出産を体験して、今のこの偏った性教育や、氾濫した情報、状況は、本当に重大な問題なんだと感じています。
 
 
 
そもそも、生命の誕生はとても神聖で神秘的なもの。
 
 
それなのに、生命の誕生に、男性の娯楽の世界観を持ちこみ、男性が主導権を握りすぎることは、なにかしら歪みをもたらします。
神秘と娯楽はまったく別のものだからです。

でも、……今、その歪みを、
感じている方は男性側も女性側も増えてきているンだと思います。
 
 

では、本当の性行為(聖行為)とは?
 
 
この課題は、きっと、
至急みんなで取り組んでいかないといけない重大な課題なのかもしれません。。。。
… 特に、女性が、もっと自分の身体を知り、どうしてほしいのか?どうしたいのか?…を、パートナーと、コミュニケーションしていくことが大切なんじゃないかなぁと思います。

 


Bodyワークの講習会を受けていたときに、
神秘思想家のOSHOという方の言葉を教えてもらいました。この言葉は、人と触れあう時の大きな気づきやヒントを与えてくれるかと思います。
 
私の大好きな言葉。
 
少し長いですが、興味がある方は是非読んでみてくださいね。
 
 
 
 
 
 
 
『マッサージ』
 
マッサージとは学び始めることは出来るが、決して学び終えることのない何かだ。
 
それは、何処までも続いていく
経験は深まり、高まり続けていく。
 
それは、最も繊細なアート………

技術の一つだ。
 
テクニックの成熟度が問題なのではない。

それ以上に愛が問われる。
 
 
まずテクニックを学んでごらん。
 
学び終えたなら、テクニックを忘れ去ってしまいなさい。
 
そして、ただ感じ、

感じるままに動いてごらん。
 
マッサージを深く学んでいけば、

その90%のワークは、愛によって為され、
10%はテクニックによって為される。
ただ触れること、愛を込めて触れることで、身体の中の何かがくつろぐ。
 
 
その人を愛し、慈悲を感じるならば… 
相手の究極の価値を感じるのなら………
 
その人を正さなくてはならない機械のように扱うのではなく、とてつもなく価値のあるエネルギーとして扱うならば………
 
その人があなたを信頼してくれ、
自身のエネルギーと戯れるのを許してくれたことに感謝の念を覚えるならば…
 
あなたは、次第にオルガンを奏でているかのように、感じられるようになる。
 
その人の身体全体がオルガンの鍵盤となり、
その身体の中にハーモニーが築かれていくのを、あなたは感じるだろう。
 
そして、その人ばかりが癒されるのではない。
 
…あなたも、また癒されるのだ。
 
 
 
マッサージは、この世に必要とされている。
 

 

 

というのも、

この世から愛が消えてしまったからだ。
かつては愛する人が、触れるだけで充分だった。
 
母親は子供に触れ、その身体と戯れた、それはマッサージだった。
夫は妻の身体と戯れた、それはマッサージだった。
 
それだけで充分以上だった。

そこには、心からのくつろぎと愛があった。
 
しかしこうしたものは、この世から消えてしまった。
 

 

次第に何処に触れたら良いのか、

どう触れたら、
どのくらいの強さで触れたら良いのか………
 

人は忘れてしまった。
 
 

事実、触れることは、

最も忘れられてしまった<言語>の一つだ。
触れることは、ぎこちないものになってしまった。
 
何故なら、いわゆる宗教家によって、正にその言葉自体が汚されてしまったからだ。
 
彼らは「触れる」という言葉に、性的な色合いをもたせた。
その言葉は性的なものになってしまった。
 
 
こうして、人々は<触れられること>を恐れるようになった。
誰もが許可することなしに、誰からも触れられることのないように、注意している。
 
そして今や西洋では、これと対極をなすものごとが起きている。
「触れること」やマッサージが、セックスそのものになってしまったのだ。
 
今やマッサージは、セックスを覆う単なる表紙、包みになってしまった。
だが、実際には「触れること」やマッサージは性的なものなどではない。
 

それは愛の機能だ。
 

愛がその高みから落ちてしまえば、それはセックスになり醜悪なものになってしまう。だからこそ、祈りに満ちていなければならないのだ。
 
 
人の身体に触れる時には、あたかも神その人自身が目の前に横たわっていて、
あなたは神に仕えているかのように、祈りに満ちていなければならない。
  
全てのエネルギーと共に流れてごらん。
 
そして身体が流れ、漂い、エネルギーが新たなハーモニーを築くのを目の当たりにすれば、今までに感じたこともない程の喜びが感じられるだろう………
 
あなたは、深い瞑想の内へ落ちていく。
 

マッサージをしている時は、マッサージだけすること。 …他のことを考えてはいけない、それは邪魔になる。
 
指や手の内に、あなたの全存在、

魂が存在するかのように「ありなさい」。
  
マッサージを単なる身体に「触れること」にしては駄目だ。魂の全てが相手の身体の中に入り、貫くことで、深奥の「もつれ」が解放されるのだ。
 
 
そして何より

「遊ぶ」ようにして行うことだ。
仕事にしては駄目だ、
ゲームのように楽しんでするのだ。
 
笑ってごらん、そして相手も笑わせてごらん。
 

 
 
 
 
 
 ホリステックセラピーsalon studiolilyHP
http://studiolily1217.wixsite.com/studio-lily